これからの時代は情報機器,特にコンピュータやインターネット技術と人間が高度に共生し,人間中心の豊かで安心な生活環境を構築して行かねばなりません.そのためには,コンピュータに高度な知性をもたせるための人工知能研究への期待は今まで以上に大きくなってきます.さて,「感性」や「暗黙知」は例外なく全ての人間がもっており,一説によると「暗黙知」は人間がもっている知識の95%以上であるとも言われています.私たち人間はそれらを巧みに用い,さまざまな環境に適応することにより,高度な知的活動を行っているのです.しかし,「感性」や「暗黙知」は文章や言語で表現したり,多くの人たちの間で共有したり,ましてやコンピュータで扱う,ということは困難なことなのです.そして,そもそもなぜ人間(だけ)が「感性」をもつことになったのかは謎に包まれているのです.
そこで本研究室では,我々人間がもつ「感性」や,実生活空間の中での「暗黙知」について様々な観点から研究をしています.「感性」や「暗黙知」についての研究は柔軟な発想力と多様な研究方法論が必要です.本研究室でも,多種多様な観点と方法論で人間の「感性」や「暗黙知」にアプローチしています.少し大げさかもしれませんが,人間の「心」の起源を探求し,そして,それをコンピュータで扱い,さらに,そのようなコンピュータと人間がどのように共生してゆけばいのか・・・を研究室をあげての大きなテーマにしています.
我々の研究のモチベーションは人間の知性や感性,学習と教育に対する次の問いです.
このような問い対し,(1)その実態やメカニズムがどうなっているのかを分析的に探る,(2)計算機モデルや計算機シミュレーション,計算機による支援技術を統合的に作り上げるという,2つのアプローチを融合させながら取り組んでいます.また,数理統計手法や人工知能技術等を活用していることも,松居研究室の研究スタイルの特徴のひとつです.
「感性」は,それを定義すること自体が難しい問題になってしまうほど,扱いにくい対象です. しかし,感性は「個性」や「人間らしさ」と関係があり,非常に興味深いテーマです. 音楽の楽しさとは何か?ゲームはなぜ面白いのか?夕焼けを悲しいと思うのはなぜか? ・・・などといった疑問に対し,統計的手法や人工知能技術などを用いて,認知科学や心理学などの知見から,学際的にアプローチしています.
人はある色の組み合わせに対して無意識に「調和-不調和」を感じますが,その仕組みは解明されていません. 本研究では,人がどのようなものに調和感を抱くのかを,実験および数学モデルによって考察し,検証することを試みています.
視覚と触覚を通じたコミュニケーションメディアの研究です.これからは,日常生活で接するメディアとして,コンピュータを通じて物の触感を伝える触覚メディアが普及することが予想されます.メディアを通した認知・情動面で効果的なコミュニケーションの実現を目的とする場合,必ずしも写実的リアリティが高い表現が良いとは限りません.本研究では,視触覚メディアにおいて画像にどの程度の写実性を持たせ,また,どのような触覚情報を与えれば伝えるべき情報を適切に伝えることができるか知見を得ることを目的とし,力覚デバイスを用いた視触覚メディアの作成とそれに対する人の印象評価を調べています.
人が,楽曲を聴いた時に形成される印象は,リズム・メロディ・ハーモニー・音色・・・などなど様々な要素が複合的に影響しあった結果生じると考えられます.これまで各要素単体について着目した研究は行われてきましたが,要素同士の影響についてはあまり組織立った研究がなされているとは言えません.本研究ではその要素の中でも特にメロディとコード進行が組み合わさることで,予測不能な印象変化が起こることがあるのではという仮説を立て,実験的に検証を行いました.
ロボットがある程度人間に似ると,人間はかえってそのロボットを不気味に感じることがあります.このような現象はロボットだけでなく,人間を模したCGエージェントなどでも起こることが知られています.このようなエージェントは「人間」にも「エージェント」にも見えるため,人間は両観点からエージェントを評価すると考えられます.本研究では,この評価間の何らかの齟齬が不気味さを誘引すると考え,「人間」という情報と「エージェント」という情報だけで,どのように印象が変化するのかを調べています.
広告制作の際,クライアントから制作者へ,あるいは,建築デザインや結婚式,洋服などオーダーメイドの発注の際に,私たちは頭の中でイメージしたものを第三者へと伝える場面があります.本研究では,そのような伝達コミュニケーションの際に,視覚的イメージを上手く伝えることが出来る要因の一つとしてオノマトペに注目し,オノマトペの意味構造について,オノマトペと五感への関連性の高さと順序関連から意味解釈を試みる研究を行っています.
オノマトペは,言葉の中でもその成り立ちに特殊性があり,視覚,聴覚,嗅覚,味覚,触覚といった五感から感受した印象をそのまま言葉に表していることが特徴です.その五感とオノマトペの関連性からSS分析(Semantic Structure Analysis)によって順序関連を導き出し,用法や文脈によって変化する意味解釈のルールの発見を目指しています.
日常の行動は多くの意思決定から成り立っています.例えば,朝食に何を食べるか,何を着て出かけるかといったようなその場で判断するものから,どの大学を受験するか,どのような会社に就職するかというような人生の選択といえるようなものまであります.そのような意思決定は純粋な選択行動から行われているとは限りません.天気や気温,視界に入る決定事項とは関係ないことなどの影響を知らず知らずに受けていることがあります.本研究では,そのような刺激が意思決定,特にリスク選好にどのように影響しているかについて実験を通して検証していくものです.関係性が見いだされることで,実際の意思決定場面において,刺激を効果的に生かすことを期待しています.
本研究が,人工知能的なアプローチを講じて,人間がいかなる心理的ルールを基盤として多色配色に対する審美的評価を行っているかという難問を解答してみようとしています.多色配色の色情報と審美的評価との間の関係がきわめて複雑なので,機械学習の手法を中心的なテクノロジーとして,その関係をシミュレートすることができる計算的モデルを構築します.モデル構築が完成したら,任意の多色配色的刺激の色情報を入力し,その刺激に対する審美的評価値が出力情報として自動的に算出されることができます.
人は様々な知識を獲得し,それをうまく活用して生活しています.しかし,人はどのような知識を持っており,それをどのように獲得したのかを知ることは,実は意外と困難です.人が明確に表現できる(例えば,言葉にして他人に説明することができる)知識は「形式知」と呼ばれますが,この形式知は人が使う知識のほんの一部です.人の知識の多くは,言葉にすることが困難な「暗黙知」であると言われています.これは,考える機械「人工知能」の実現が困難である原因のひとつでもあります.
クラシックバレエの一般的な振り付けと呼吸位相の対応関係を明らかにする研究です.演技中に動作者の呼吸を測定した結果,基本的なバレエ動作に特徴的な呼吸が存在する事が確認できました.バレエで理想とされる呼吸法と,実際に測定された呼吸とを比較した結果,指導現場で詳細には指示されない無意識のうちに行われる呼吸が存在する事が明らかになりました.このことから,バレエ動作・身体状態の制御に呼吸が大きな役割を果たしていることが考えられます.
書道において,制作者がどのように文字に込めた感情を鑑賞者へ伝えるのかについて調べた研究です.書道の熟達者が3種の文字(夢・道・風)を5つのの感情(ノーマル・喜・怒・哀・楽)で書き分け(計15種類),これら15種の文字について構成する画の特徴を捉えて感情を表出する際の手法を抽出しました.そして,このそれぞれの画を永字八法と呼ばれる運筆法で分類し,運筆法ごとの感情表出手法を明らかにしました.
書籍に書かれている内容を音訳者が音声化するときに挿入する時間的間隔の「間」について研究しています.音訳者とは,視覚障害者のために書籍を音声化して録音図書を作成する人です.音訳者は,著者の意図を忠実に再現しなければならないので,録音図書を作成するときに書籍の内容を忠実に保持しなければなりません.そこで,音訳者を対象に,音声に挿入される時間的間隔の「間」の使い方に関する実験を行いました.その結果,0.5秒以下となるような「短い間」が書籍の内容を忠実に音声化するために重要であることがわかりました.今後,「短い間」が,書籍を忠実に音声化するための快適なリズムや速さに関係していることを明らかにしていきたいと考えています.
臨床経験を積んだ医療従事者は,患者の顔を見た瞬間に,「調子が悪いな」など病状状態を感じ取ることができます.このような病状評価と関連した患者の顔情報を明らかにすることで,医療従事者の観察時における暗黙知を形式知化しようと試みています.それにより病状評価システムの開発に役立つと考えています.
主に,コンピュータやネットワーク上で行われる教育を支援するための取り組みを行っています.このテーマは,知識獲得や暗黙知,感性とも深く関係しており,それらの知見は支援システムの設計コンセプトの土台になっています.また,推論技術や機械学習などの人工知能手法を適用し,学習者の振る舞いに適応的に反応することが可能な知的な枠組みを持つシステムを実現しています.
人は,問題を解く時やアイデアを創り出す時,事例(自分自身の過去の経験や,世の中にある既存の例)を利用することが多いと言われています. 事例を使うということは,過去に成功した方法や解を利用できるということですから,効果的な方法ではありますが,事例を見ると事例と似たアイデアしか出なくなってしまうという問題もあります.本研究では,学習者が創造的な課題に取り組む際,どのような事例を与えるとアイデアが制限されてしまうか/アイデアが広がるか,どのように事例を利用させるとアイデア生成を支援するかを,科学的に検討し,その知見に基づいて学習者の発想を支援するシステムを構築しました.なお,ここでは数学の作問学習を対象課題としています.
人の何気ない振る舞いから,コンピュータが人の心理状態などを推測することを目的とした研究です.これまでの研究では目線の動きや脳波などを計測する特殊な装置が用いられていましたが,本研究ではマウスやWebカメラなどのごく一般的な装置を利用し,特殊な装置は利用しないことが大きな特徴です.この技術を応用して,コンピュータ上に表示された選択式の問題に解答した際の,集中の度合いや迷い等を検出をするシステムの開発を行っています.
生物学的分野における知識には,主に以下のような特徴とそれに伴う課題があります.
そこで本研究では,人工知能技術によってこれらの課題を解決し,コンピュータに生物学の知識を活用して生命現象の予測をさせる試みを進めています.具体的には,アポトーシス(細胞自殺)という生命現象を対象として,オントロジーという技術によって知識(細胞の部位・動き・役割など)をコンピュータが理解できるように統一的に記述するとともに概念間の関係を明示的に表現し,この知識記述を元にコンピュータシミュレーションを構築するという取り組みを行っています.オントロジーにより,統一的,明示的,かつ体系的に知識を整備し,コンピュータへ知識を理解させる事が可能になるため,生命現象における未解明の系や分子の存在を浮き彫りにし,探り当てる事ができると考えています.
人間は色彩に対して「明るい」「あたたかい」「美しい」などを感じ,それを多くの場合他人と共有することができます.このような感情的な反応は色彩感情と呼ばれており,心理学,生理学,工学などの分野で広く研究され多くの知見が蓄積されています.本研究では,(1)このような研究分野を横断して色彩感情の知見に対する共通な理解と,(2)その知見をコンピュータが利用するために必要な概念の提供を目指し,色彩感情に関する概念についてのオントロジー構築を行っています.
これまでに構築したオントロジーによって,研究者の間の概念の共有が可能であると共に,数理的モデルに対する人間が行う解釈と同等の解釈をコンピュータが行えるようになると考えられます.特に,概念的な基盤の上に開発されたインタラクションシステムにおいては,コンピュータと人間が,感情のようなより深い内容の部分で概念を共有できるようになると期待されます.